MASTERキートン CHAPTER 13 「穏やかな死」/PEACEFUL DEATH 感想
あらすじ
解体不可能の爆弾を作るテロリスト"コナリー”は、ある組織に頼まれて得意の爆弾製造をしていた。組織の標的は家族連れの多いデパート。しかし、村でたまたま見かけた老人の死がきっかけで、コナリーは自分の人生に疑問を持つ。「このままじゃ、駄目だ!」 コナリーは爆弾を解体するため、デパートへと向かった。しかし、肝心の爆弾が見つけられない・・・。そこで、コナリーはある男に爆弾の設置場所を探すよう懇願することにした・・・
感想
爆弾魔コナリーが自分の人生に疑問を抱いて、改心をする物語でしたが、ちょっと考えると、「もうちょっとそれに早く気づいても良くね?」 と思ってしまったのは私だけでしょうか?
コナリーが20代くらいだったら、まだ若気の至りとして納得できるかもしれませんが、見た目40代のおっさんですよ?
彼の幼少期の思い出(祖父が爆死)がそのくらい頭にこびりついていた、ということかもしれませんが、なかなかの大器晩成型。
また、コナリーが爆弾を処理することを決断してからキートンさんに手伝ってもらうまでの流れが、結構都合良すぎませんでしたか?
ちょっとおさらいしてみると、
- 教会で老人の死を弔う(早朝?)
- 爆弾処理を決意、デパートへ向かう(早朝?)
- 朝から爆弾を捜索(朝~昼?)
- ケーキ屋さんのショウウィンドウを覗いているキートンさんを発見(正午過ぎ?)
1~3までは自然な流れだと思うが、4番目は偶然過ぎませんか? だって爆弾を探していたら普通はデパートの中をうろついているわけで、外のキートン(デパート付近にいたのかもしれないが)に気づく可能性ってそんなに無いような気がする。
初めからデパートの辺りにキートンがいることを知っていたら可能性はぐっと上がるが、そこまでコナリーさんがキートンのスケジュールに詳しいのは不自然。
そもそもキートンが近づきそうな場所に爆弾を設置してはいけないはずで(キートンさんは過去にコナリーの爆弾を処理した経験がある)、スケジュールに詳しかったとしたら、なおさら不自然。
そのため、コナリーはケーキ屋さんにキートンがいることは全然知らなかったことになる。
つまり、今回の爆弾処理は偶然のなかの偶然の出来事ということになる。
ということはもはや、「今回作ったコナリーさんの爆弾はたまたま不発に終わりました~」 で終わっても良かったんじゃね? と思ってしまった。こんなことを指摘するのは無粋極まりないが、こんな私にこそ穏やかな死を!
あと、キートンさんは並大抵の人生を歩んでいないと前々から思っていましたが、今回でもそれを痛感した。SAS在籍時代にコナリーの爆弾を2回も処理したことが、ちゃっかり説明されていましたが、「こいつどないやねん!」 っていう。真面目に就職活動をしたら年収がもっといい仕事にありつけると思いますが、こういう考えは凡人ゆえのものなんでしょうか?
そして、今回のような話を見てしまうと、キートンさんのSAS時代のお話が見たくなってしまう。未だにSASに所属していた話は、余談として語られるのに留まっており、詳しくは述べられていない。しかし、今回の様子を察するに、爆弾処理以外にも武勇伝級の話が続々とあるはず。今後に期待。
- 作者: J.D.クランボルツ,A.S.レヴィン,John D. Krumboltz,Al S. Levin,花田 光世,大木 紀子,宮地 夕紀子
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2005/11/18
- メディア: 単行本
- 購入: 12人 クリック: 62回
- この商品を含むブログ (38件) を見る